先天性横隔膜ヘルニア患者・家族会 胎児診断

胎児診断された方へ


先天性横隔膜ヘルニア患者・家族会のホームページをみてくださり、ありがとうございます。


今、どのようなお気持ちでいらっしゃいますか?


おそらく、色々な気持ちで、一日中おなかの赤ちゃんのことを考えておられるのではないでしょうか。


周りにお気持ちを話せる方はいらっしゃいますか?


もしよろしければ、いつでもお話をおきかせください。


私たちも同じような状況を経験しております。


また、お母さんが正しい情報をもとに判断し、納得いくまで考えてだされたお考えや選択については、どれも間違いではないと思っております。


プライバシー・秘密は厳守いたします。どうか安心してご相談ください。


先天性横隔膜ヘルニアに対する胎児治療の情報を知りたい方は「胎児治療について」をご覧ください。

うまれつきの病気や障がいについて、-1才(うまれるまえ)からの医療(予防・ピアサポート・胎児治療・福祉との連携等)の支援・啓発事業を行っておられる「親子の未来を支える会」のホームページは下のボタンからご覧いただけます。

胎児診断のアンケート

先天性横隔膜ヘルニアは、最近、おなかの中で診断されることが増えてきています。(日本CDH研究グループの調査では7割のお子さんが胎児診断されているようです。)

 

胎児診断されたメンバーの方にご協力いただき、その時の状況やお気持ちを教えて頂きました。以下の順番でお答えいただいています。

①診断された時期

②診断された時に相談した相手

③どのようなことを相談したか

④胎児診断やその後のフォローについて医療関係者の方に望むこと

 

今まさに胎児診断されてこちらにたどりつかれた方もいらっしゃるかと思います。
私たちの経験が少しでもみなさまのお役に立てますと幸いです。

また、先天性横隔膜ヘルニアに関わってくださっている医療関係者の方々には、感謝の気持ちと私たちの想いを知っていただけますと幸いです。

①妊娠22週
②夫
③相談というよりは、お互いに病気について調べた結果、生まれるまでは悲観も安心もできないということを確認し合った感じでした。あとはお腹の子を信じて、出産まで少しでも大きく育てることに意識を向けていました。
④私の場合は、最初に北野分類について丁寧に教えていただいたことで、素人ながらも、ある程度自分で状況をイメージできたことが非常にありがたかったです。
また、先生のお人柄とエコーの間、途切れることなくおしゃべりしてくださったこと(雑談多め)にいつも救われていました。産前に「大丈夫!」というような直接的なお言葉はいただけませんでしたが、各科の先生方がしっかりと連携し、入念に準備してくださっている様子は会話の端々から伺うことができました。もちろん不安もありましたが、先生方を信頼して、安心して出産に臨むことができたことにとても感謝しております。

①36週の受診時に診断
②里帰りだったので、すぐ主人に電話をして報告。付き添いで来てくれていた実母にも報告をしました。
③受診日にこのまま緊急入院と言われたので、誰かに相談と言うよりも受け入れるしかありませんでした。
④診断と同時にどのような病気かの説明があった気がしますが、混乱状態であまり覚えていません。また症例が無い病状だったので直前まで弛緩症かもしれないと言われ産むまで分かりませんでした。でも当時、病状の説明と共に家族会の資料などを頂けたら病気も知れるし安心材料になったかもしれません。

①妊娠24週の時
②主人と実母
③相談というかわかる範囲の報告
④私の場合まず大きな病院で詳しく診るための検査予約してくれましたが、予約の日まで1週間くらいあったのでお願いして早めてもらいました。私ははっきりある程度のことがわかるまでの時間が長いのはただ不安な時間が長くなるだけだったので検査などは最短で早く知れたほうが良いかなと思いました。あとはネットの情報は間違ったことやこわいことたくさん書いてるけど、手術して元気に退院してる子もいっぱいいるからね。って前向きな話を添えてもらえたのは良かったです。

①24週の時に診断されました。
②一緒にいた主人と病院からの帰りの車で話をしました。その後、母と姉、しばらくしてから義母、友人に話しました。
③そこまで相談はせず、とにかく不安に感じたら主人に不安な気持ちを聞いてもらいました。(その時のアドバイスは、ネットで調べない、問題が起きたらその時に考える、でした。)
 とてもポジティブで頼れる、協力的な主人だから、ここまでやってこれていると思います。

①妊娠34週

②夫、妹、叔母、友人

③最初は訳も分からないまま、先生に言われたまま病気のことを夫に告げました。その後自分でいろいろ調べるにつれ、これは大変なことだと気持ちがどんどん圧迫され、妹や叔母、友人に話しました。泣きながら話す私を受け止めてくれたり、涙ながらに駆けつけてくれたり、友人には本当に支えてもらいました。

④病気の説明を何度も聞きましたが、理解するのに一生懸命になり、助からないものだと思っていました。大学病院に転院して初めて、看護師さんに「産まれた赤ちゃんはこう処置されます。ここへ来たから大丈夫ですよ!先生たちきっと助けてくれますよ!」と言ってもらい涙が出ました。産まれたあとの見通しを教えていただけたことが、とても支えになりました。どれだけ難しいかもしれなくても、産まれたらこうするという事を言っていただけた事が私は助けになりました。家族会があったならその事も教えていただけると、助かったと思います。産後は、小児外科、小児科の先生方、看護師さん、心理士さんに本当に支えられ、感謝でいっぱいです。

①妊娠14週

②主人、私の母、主人の父母、職場の方

③比較的早期に診断されたので、診断後1ヶ月は、家族とは出産をするか諦めるかということを主に話していました。この時点で比較的重症と診断されていたので、出産後、生まれてきてくれたこどもを私や家族がどのように育てていこうか、という話もしていました。医療関係の仕事をしていたので、職場の方にも、比較的早い時期から相談していました。

出産を決めてからは、生まれてみないと分からないという感じで、家族には毎回の妊婦健診での赤ちゃんの状況を説明するのみで、この疾患に関する話は職場の方とのみしていました。

④息子のことで出会った産婦人科の先生は全員本当に良い方で、寄り添いながら、導いてくださったことに感謝しています。疾患についても、厳しいこともしっかり教えていただきながらも、希望がもてること、出産後のイメージも教えてくださったことがとてもありがたかったです。